・バンドの話

私は昭和20年1945年8月生まれで終戦の2日後の17日に生まれました、社会人になったのは18歳になった時ですが、数年名古屋で仕事をしていましたが、22に歳の時に東京へ上京し、池袋の音楽学校でサックスのレッスンに通い始めました。

前置きが長くなりましたが、1年くらいレッスンを受けてから池袋のダンスホールでバンドの仕事をし始めましたが、その後東京でいくつかのバンドを6年くらいのうちに代わり、30歳ぐらいの時、カラオケに仕事場をうばわれ、キャバレーやナイトクラブの専属バンドが店の閉店によって仕事がなくなりました、そんなことで最後のバンドが大阪の新歌舞伎座でのドサマワリでひと月丁度、新歌舞伎座の裏側にある通用口の隣にある旅館で寝泊まりして、お昼の部と夜の部の2ステージが1日のスケジュールです。

初めて入ったバンドはダンスホールや、キャバレー、ナイトクラブといった店の専属バンドで箱バン(ハウスバンド)と呼ばれ、店の専属歌手の伴奏以外はジャズのビックバンドの楽譜を演奏しましたが、ドサ周りのバンドと言って、揶揄したような呼び方や拾いのバンドといった呼び方をする、歌手の巡業に一緒に旅をしながら伴奏をするバンドに、だいたい2つの仕事のタイプがありました、7年くらいバンドの仕事をしましたが、最後のバンドは後者のほうでしたがエキストラ(トラの仕事、と呼んでいた)で、ひと月の契約で、そのバンドが終わってから目白のアパートを引き払って、名古屋の実家に引き上げました。

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